水槽の中のタカアシガニ

池袋のサンシャインシティにある水族館へ、よく遊びに行く。

水の中を雄大に泳ぐ魚たちには目もくれず、
地中から顔を出しているチンアナゴやら、コケや藻を食っている貝やら、
何故だかそんなものにばかり目を惹かれるのだけれど。

そんな僕が、毎回、必ず足を運ぶ場所がある。
タカアシガニの水槽だ。

正直言って、特段面白いものではない。
触覚らしい部分以外、殆ど動かない。
じーっと目を凝らして見ていたところで、何か目新しい変化も無い。

何度か足を運んでも、何度か観察を続けても、その度ごとに様子を見ても。
あんまり変化が無いのである。

じゃあ、何故わざわざそんな水槽へ行くのかと言われると、答えに窮する。

深い意味は無いし、さしたる目的があるわけでもないのだ。
なんとなく足を運び、何となく見る。

上手く説明できないが、強いて説明するのであれば、
近所の知り合いの様子を見に行くような、
ちょっと寄ったから顔を見に行ってみたという程度の話なのだと思う。

当たり前の話だが、タカアシガニの方は、こちらを認識すらしていないだろう。
僕が勝手に、そいつの様子を確認しにいっているだけである。

あぁ、まだお前、生きてるな。
相変わらずお前、動かないなぁ。
元気なのか病気なのかすらわからないなぁ。

そんな僕の自己完結的な、勝手な感情移入のようなものである。
本当に意味が無い。
タカアシガニにとっても、僕自身にとっても。

でも、何故だか解らないが、この奇妙な訪問を、水族館を訪れるたびに欠かさない。
そういえば、テレビのカニ料理特集を見るたびに僕の父が自慢話をする。

「俺は昔な、取引先の人と食事に行って、タカアシガニを食べたことがあるんだ」

タカアシガニは、正直言って相当デカい。
デカいだけあって、中身の量は勿論多い。

「しかもな、あれ、他のカニと比べ物にならないくらい美味いんだぞ」

カニ特集番組を見る度に聞いている話なので、僕の反応も既に相当薄くなっているだろうが、
最初に聞いたときは随分驚いたものだった。

水槽の中のタカアシガニを思い浮かべながら。
……食えるのか、あれ。
そんな妄想が頭の中を過ぎったものだ。

一度、水槽を訪れ、件のタカアシガニを見ながらその話を思い出したのだが。
水槽の中でじーっとしている、寡黙で反応の薄いこのカニが、美味い?
どうにもしっくりこない。

タカアシガニを食べること自体に、また父の自慢話にも、別段異議は無いのだけれど、
この水槽の中のタカアシガニはやはり、当たり前の話だが、食べ物ではないのだろうなと思う。

かといって、観賞用、とは呼びたくない。
そんな言葉を使ってしまうと、動かず語らぬままとはいえ、生きている命に失礼な気はする。

散歩中に見えるどこぞの家の縁側で、茶をすすり、日向ぼっこをしている、近所の無口な爺様のような。
接点があるようで、全然ないような。しかし、きちんと生きている。
僕にとってあのタカアシガニは、そういうものである。

それを焼いたり、茹でたり、ましてやカニしゃぶにして食おうとか。
流石にそれは……ないなぁ。

そんなくだらないことを考えながら僕は生きている。
あの水族館の中で、タカアシガニもまた、生きているんだろうな。

そんな、無為な日常。

カニ通販 お歳暮

Posted on 11月 16, 2017 Comments Off on 水槽の中のタカアシガニ